シンプルなものほど難しい

理事長の北田です。

『シンプルなものほど難しい』
私の前職がバーテンテンダーだった時に、カクテルの勉強をしていて教わったことです。最初の頃はいろんなお酒やジュースを入れて豪華絢爛な誰も飲んだことのない美味しいカクテルを目指そうと試行錯誤するものです。ところが、ある程度時間が経って、経験が積まれてくるとそういった複雑な試行ではなく、単純なレシピにて美味しいカクテルを表現する方向に魅力を感じるようになるんです。
お酒が好きな人ならば代表的カクテル「マティーニ」がジンとドライ・ベルモット、「ギムレット」がジンとライムジュースとシロップで作られているのをご存知かもしれません。超定番のスタンダードカクテルは大体30種類くらいなのですが、その殆どが2〜3種類、多くても4種類の材料で作られる「単純なレシピ」なんですね。一方でシューターカクテルといういわば「流行に乗っかった」カクテル流派があります。そちらは「セックスオンザビーチ」「ロングアイランドアイスティ」「オーガズム」など、4〜6種類以上の材料を使った複雑なレシピのものが中心です。バーテンダーにとってどちらが作るのが難しいかというと、実は圧倒的にレシピの単純なスタンダードカクテルなんです。その中でも最もバーテンダー泣かせの難しいカクテルが「ジンフィズ」です。
最も正統派な作り方は

・ジン45~60ml
・レモンジュース15~20ml
・シュガーシロップまたは砂糖適量
・上記材料を氷を十分に詰めたシェイカーに入れシェイクする
・タンブラーに注ぎ氷を加え、ソーダでビルドアップする

材料自体は「ジン」「レモンジュース」「砂糖」あと「ソーダ」です。上記のレシピだけだとそんなに難しくないかもしれませんが、実はこの中には多くの不確定要素があります。
・ジンの銘柄は
→ゴードンが主流、ビフィーターだとマイルド、タンカレーは硬質感
・レモンジュースの絞り方、圧搾かジューサーか
→圧搾だとシェイク時に空気が混ざりやすい
・レモンの細かいカスは入れるか取り除くか
→取除くと透き通った色合い、入れると濁った色合い
・甘みはシロップか個体の砂糖か
→シロップは溶かす手間がなく楽だが水分堆積が増えて水っぽくなりやすい
・シェイカーの大きさは
→アメリカンスタイルはでかい、日本は小ぶり
・氷は貫目か製氷機か
→貫目氷のほうが固く溶けにくいので基本カクテルのは適しているが、シェイク時のクッションにわざわざ製氷機の氷を入れるハードシェイク系流派もある
・シェイクの方式は、氷の破片を作るか抑えるか
→ハードシェイクは空気を閉じ込めやすい、ソフトシェイクはジンの味が出やすい
・タンブラーに入れる氷は新たに加えるものか、シェイクした残りの氷を加えるか
→新たに加える氷は見た目が綺麗、シェイカー内の氷は味が馴染んでいる
・ソーダのメーカーは
→ウイルキンソンの強い発泡が主流、カナダドライは発泡が弱めで味がソフト
・ソーダの量はどれくらいにするか
→私の辿り着いたプロポーションはシェイク後の液体と1:1

その全ての吟味した選択が「美味しいカクテル」へとつながります。どれか一つでも考えが抜けていたり試さずにただレシピの数字だけを追ったものでは美味しくなりません。

いっぽう、ロングアイランドアイスティは
・ジン/ウォッカ/ラム/テキーラ をそれぞれ10~15ml
・コワントロー10〜15ml
・レモン10ml
・シュガーシロップ適量
・クラッシュアイスを詰めたタンブラーに上記材料を入れて、コーラでビルドアップする
・レモンスライス・マラスキーノチェリー等でデコレーションする

材料は全部で8種類です。しかし、ジンフィズと違い、各材料のプロポーションが多少ずれてもあまり味に影響が出ない「扱いやすいレシピ」のカクテルなんです。
これだけの材料を使うと、どれか一つが崩れても他の材料でバランスを補ってくれるのです。要は「混ぜる材料の知識」が要求されるだけで、あまりその奥の細かい領域に踏み込むものではないのですね。

因みにですが、
https://ja.wikipedia.org/wiki/ロングアイランド・アイスティー
にて書かれている
「良質のバーでは、先に材料(1)をシェイカーであわせてからグラスに注ぎコーラで満たす。溶けにくい糖類や柑橘類を強いアルコールにしっかり溶かし、コーラのガスが飛ばないようにステアすることで、より飲みやすいドリンクを提供している。」
というのは全くのデタラメで、コーラのガスが残ると舌にビリビリ感が残り紅茶の雰囲気は出ないは美味しくないわで真実は全くの逆なんです。
「ポテンシャルの高いバーではロングアイランドアイスティに使うコーラだけ予め炭酸ガスを十分に抜いておく」
これが真実です。(なかなかWebでは本物の情報にたどり着けないのがここでも見られるのが本当に残念です)
この、「少ない材料にてバランスを取って素晴らしいものを作り上げる」という難しさは音楽にも通じるものがあると思っています。

Music Planzの音楽制作テキストの「新標準音楽理論」の最後の方は、それはとても複雑で超高難易度なスキルの集合体のようになっています。そのスキルが適応されるであろうプログレッシブ系や近現代音楽に類似したサウンドは一聴するととても凄いことをやっているように聴こえるかもしれません。しかし、その領域になると、ある程度の情報スキルだけで音楽が完結してしまう「扱いやすいレシピ」の音楽だとわかるようになります。では、「少ない材料にてバランスを取って作られる素晴らしい音楽」とはどんなものかと具体的に言えば、Diatonic 7th chordのみで支えられ、Scottish Scaleのみを材料とした単純ながら奥深いメロディーにてバランス良く構築され「シンプルながら素晴らしい」4R1Lのアンサンブルで作られた音楽と言えるでしょう。

音楽の入り口も全く同じの「メロ=Scottish」「コード=Diatonic 7th chord」「アンサンブル=4R1L」からスタートします。そしてテンション、転調、オルタード、ハーモナイズ、Blues、4度堆積、アッパーストラクチャートライアド等の超高等技術を学び、作曲にて必要な音楽理論のすべてを学び尽くして「はじめて」入り口の音楽構造がシンプルながら究極に奥深いものだと悟ることが出来ます。カクテルの「ジンフィズ」「マティーニ」と同じくらいに「ドレミソラ=Scottish Scale」のメロディはシンプル&奥深いのです。